
宮浦操車場には不思議な線路があった。今でも見られるが、撤去される前にどうぞ。
この写真の中央に位置する二段階ふにゃふにゃ線路が愛おしい。かつてここを走った車両は見たことがない。
一体何の車両が利用したのだろうか。そもそもここを炭鉱電車が走れるのだろうか?なぜまっすぐに敷設できなかったのだろうか?
以下に紹介する線路や分岐は現在は残っていません

この写真には後に消えたポイントがあります。かつての宮浦ホッパー線への名残でしょうか?
操車場内でもいくつか線路が切り替えられました。一番大きな変化は私にとっては東泉町2号踏切から見渡せる場所でしょうか

かつては三池浜線への線路が伸びていましたが、その築堤は瞬く間に重機で崩されました。築堤は撮っていません。

工場引き込み線は以前は踏切手前で分岐していました。複線というわけではなく

向かって右側の線路の奥には現在は車庫前に移動している部品取り電車や検重車が留置されている行き止まり線がありました。

その後2ヶ月以内に線路改良が行われて、記憶の彼方へ消えていきました。

にほんブログ村

にほんブログ村

にほんブログ村
スポンサーサイト