西大分の続き~臨港線の廃線跡を辿る

2016年4月9日 晴れ 西大分駅から徒歩
ネット上の某上空写真で西大分付近を見たら一目瞭然ですが、駅の北東側に弧を描くような道路が見えます。これが臨港線の跡です。私は詳細は存じませんが、せっかく西大分に行くなら歩いてみようと思い、宿に向かう前に寄ってみました。

杵築臨港線跡 (345)のコピー
日豊本線の西大分駅構内から分岐していたようです。

杵築臨港線跡 (346)のコピー
線路跡の一部は建物になっていますが、側溝がカーブを描いているのが分かります。まさにここに臨港線があったという証拠。

杵築臨港線跡 (347)のコピー
その痕跡は辿ることが出来ます。

杵築臨港線跡 (348)のコピー
踏切跡

杵築臨港線跡 (349)のコピー
流石に国道10号線上には痕跡は無かったものの

杵築臨港線跡 (350)のコピー
国道の向こう側にまた踏切跡。ここの踏切は当時ものすごく大きなものだったのかな?三井化学専用鉄道の旭町1号踏切の何倍も大きかったのだろうか?

杵築臨港線跡 (351)のコピー
ここから線路跡を公園に転用しています。桜がきれいでした。

杵築臨港線跡 (352)のコピー
臨港線の説明があります。

杵築臨港線跡 (353)のコピー
まくらぎの道がつづく~

杵築臨港線跡 (355)のコピー
チューリップと桜のコラボ

杵築臨港線跡 (356)のコピー
この湾岸線より先は行きませんでした。踏切跡も見られませんでした。

杵築臨港線跡 (358)のコピー
写真中央やや右に女性カメラマン?が臨港線跡の公園内で桜を写していました。きれいですね。

臨港線の詳細は、ネット上でぐぐってみて下さい。貨物駅のあるところに引き込み線あるってロマンを感じます。


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三池鉄道の廃線跡の様子

2014年11月3日 快晴 大牟田市・荒尾市の境目付近
ここから最後まではうしやん氏、ed731003氏と濃い三池鉄道の探索に~廃線めぐりに

まずは早米来ガードと呼ばれる付近の様子から~

141103 (116)のコピー
世界遺産登録に向けた準備がなされていました

141103 (125)のコピー
大牟田市の区域は異常なまでに伐採、除草が行われていました。架線柱や勾配標が残っているのはナイスです。

141103 (135)のコピー
廃線後もずっと見ていたんだね

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哀愁漂う

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謎の斜め石垣。「何か意味があるんだろうね~」

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ここから先は荒尾市の区域。この先も除草されずっと見渡せる日が来ればいいのに。世界遺産登録対象の現存する三池鉄道線路敷きの大半は荒尾市に位置しますね。

141103 (129)のコピー
煉瓦の橋が残っていました。すばらしいですね。

場所を変えて荒尾市の万田坑へ
141103 (147)のコピー
夕陽に染まる万田坑。左下奥に宮原坑が見えるように撮ってみた。

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宮原坑。手前のぼけた右の建物が万田坑。こんな位置関係にあります。詳しくは地図をご覧下さい。この2坑を結ぶかのように三池鉄道本線が敷設されていたのであります。

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宮原坑側につづく廃線跡を撮影

万田坑からでは距離がありすぎるので、万田坑を飛び出してもっと接近してみた

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右の階段状のものは万田駅のプラットフォーム

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背景に万田坑を。この日、イベントで廃線跡を歩く催しがあったのだが、ここも歩いたのかな?

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ライトアップとお月様のコラボ

141103 (203)のコピー
まだ何かやろうとしていましたが最後まで見られず撤収しました。

夜は急激に寒くなり耐えられなくなりました(笑)。こうして今年の11月3日は静かに過ぎ去っていくのでした。


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宮原坑と旧三池炭鉱専用鉄道線路跡

2014年11月3日 快晴 大牟田市内 宮原坑付近

141103 (103)のコピー
世界遺産に向けて異様なほど整備されていました(除草など)。去年まではどこに線路跡があるか分からないところもありましたが、これは見やすい!頑張りましたね。

101205 tantoウォーク (15)のコピー
2010年12月5日の様子。まくらぎは全く見えません。

111103宮原坑 (218)c
2011年11月3日の様子。現在と違うところは電柱でしょうか。全部引っこ抜いたな(笑)。

141103 (101)のコピー
こっちは昨年までジャングルっぽかったのですが、往時を偲ぶことが出来る程までに開放感が満ちあふれました。

軌道跡-臼井新町 (26)のコピー
2009年5月24日の同じ位置。もう何も見えません。

101205 tantoウォーク (14)のコピー
2012年12月5日の同じ位置。まくらぎは全く見えません。

141103 (111)のコピー
これでレールがあれば文句ありませんね。まくらぎだけが当時の線路があったことを物語っています。

◆世界遺産候補の線路敷きは早鐘踏切~三池港の区間ですが、レールが残っている場所はほぼ皆無です。


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あの線路の先にあるものは~外浜貨物線跡などなど

2013年10月13日 快晴 北九州市門司東区
すべての写真はクリックすると大きく表示されます。
 
門司港駅の先にある門司港レトロ展望室(31階建て)から街並や関門海峡などを俯瞰していると、今は観光鉄道になっている旧外浜貨物線が眼下に見えた。7月に訪問した際、あの観光列車には乗りましたが、終点の和布刈公園駅より先には何があるのか・今どうなっているのか気になっていたので、予定外のサイクリングをしました。初めての電動アシスト自転車で快適な旅でした。1日500円です。

131013サイクリング (156)のコピー
前回は列車の旅でしたが、今回は自転車の旅なので気になった場所で激写です

131013サイクリング (158)のコピー
魅惑のトンネル出口と踏切です。クルマは全部一時停止です。

131013サイクリング (164)のコピー
ちょうど列車が来たので後撃ちですが、出て来たように撮ります。

131013サイクリング (165)のコピー
まるで夏真っ盛りのような気候です。ひまわり君もそう言っています。

131013サイクリング (175)のコピー
途中の道では波しぶきを眼前で味わえます。シャッターを切るのが楽しいひとときでした。

131013サイクリング (183)のコピー
関門海峡大橋の真下をくぐります

131013サイクリング (185)のコピー
前回訪れた和布刈公園駅前広場です。

さてここまでは観光地だったので人は多かったのですが・・・ここから先は海岸・倉庫・住宅地でひっそりしていました。

131013サイクリング (189)のコピー
あの先には観光列車の車庫があるそうですが

131013サイクリング (196)のコピー
行けども行けども見当たりません。一体どこまで線路がつづくのか?

131013サイクリング (197)のコピー
ひとつの踏切が現れました。

131013サイクリング (199)のコピー
そしてここが終点の車庫です。和布刈公園駅から500mほどは南下したかな?どこまでも立派な軌道でした。さすが元貨物線ですね。

131013サイクリング (203)のコピー
そしてその車庫の奥には一番見たかった赤い倉庫施設が残ってました。閉鎖されずっとこのままですね。

131013サイクリング (212)のコピー
近くの高台から倉庫内を見渡します。線路が残っていますね。ここでは何を積み下ろしていたのかな?

131013サイクリング (220)のコピー
反対側の門扉から~中が見渡せます。監視カメラにご注意を!!

131013サイクリング (239)のコピー
線路はまだまだ続きます。草むらに埋もれる軌道が堪りません。ゾクゾクします(笑)

131013サイクリング (237)のコピー
田野浦交差点の陸橋から。とても立派な軌道です。

131013サイクリング (235)のコピー
同じく踏切跡

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ここから線路が分岐していたようです。転轍機が朽ち果てようとしています。

131013サイクリング (230)のコピー
末端部にレールが埋もれていました。この先にはもうレールは見当たりませんでした。セメント工場らしき建物は残っていませんね。途中の運送業の土地の片隅には大量のレールとPC枕木が積まれていました。剥がしたのでしょうね。

131013サイクリング (242)のコピー
折り返して再び門司の港~輝く午後のひとときでした。

この後はカモレ撮影に向かいました。


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貨物専用線跡を求めてお散歩 その3

2012年7月8日 晴れ 鳥栖市内 JR鹿児島本線の坂口通り踏切付近で撮影
そしてついに問題の場所に辿り着きました。ここまで徒歩で3キロ1時間。良い運動になったかな?(笑)

120708長崎貨物線後巡り (135)のコピー
大牟田に住み始めて鹿児島本線を利用していた頃からずっと気になっていた意味不明な奇妙な鉄橋。

120708長崎貨物線後巡り (136)のコピー
この鉄橋の下は今は土で埋められていますが、昔はれっきとした貨物専用線があったのだと。この写真は鹿児島本線の上り貨物線で右前方の大きなマンション方向にかつて存在した広大な鳥栖貨物駅に通じていたらしい。本線の旅客営業を妨げない計らいで設けられた大がかりな構造物である。

120708長崎貨物線後巡り (143)のコピー
しかし随分急な、斜角のきつい鉄橋だ

120708長崎貨物線後巡り (142)のコピー
その鹿児島本線の上り貨物線(鹿児島貨物線)は一部が現在も草むらに覆われて残っている。肥前旭側から撮ったとしたら、某電器店付近から分岐していたようだ。そして鉄橋付近にさしかかると、器用にも埋め立てられている。防犯やゴミの不法投棄防止なのだろう。埋め立てられていない草むらにはゴミが不法投棄されているようだ。

120708長崎貨物線後巡り (145)のコピー
当初は川でもあったのかな?と思っていたが、連続するのとても不自然な橋だと感じていたが、まさか今は無き貨物線路が旅客線路をくぐっていたとは、その真実を知ったときびっくりしたなあ。当時は必要なほど貨物本数が多かったのかな?

120708長崎貨物線後巡り (149)のコピー
長崎貨物線は上りも下りも鹿児島本線をくぐっているのである。坂口通り踏切寄りの鉄橋の下を鹿児島貨物線がくぐっていて、奥のもう1つの鉄橋の下を2本の線路がくぐっていたのである。当時の地平写真を是非みたいものだ。上空写真ならググれば出てくるのだが、イマイチ実感が湧かないのである(贅沢な意見だな)。

120708長崎貨物線後巡り (140)のコピー
長崎貨物線は写真のように道路橋も跨いでいた。そしてもう一つの鉄橋が隣り合うのだ。

120708長崎貨物線後巡り (139)のコピー
道路橋のガードレールには「長崎貨物線」という銘板が残っていた。「鹿児島貨物線」の銘板は後で知ったのだが写真はない。長崎貨物線でググってみると私以上に探検された方の記事がありますので、そちらで欠落部を補完してくださいな。

120708長崎貨物線後巡り (148)のコピー
鹿児島貨物線の下り線はそのまま地上を伝って旅客線(鹿児島本線)に合流していたのだが、写真のように旅客線路が変なカーブをしているのはその名残なのかもしれない。

なお各鉄橋の東側は貨物ヤードの名残は一切無く、緑地公園や新興住宅街が広がっている。当時の痕跡を探すことはもはや不可能であろう。私以上に探検をされた方は何かしら発見しているかもしれないが、時間も迫ってきているので、私の時間つぶし探検はこの辺で幕を下ろさせて頂きたい。

***********************************

なお、今回は地上から自分の目で見ての探検だったが、いつか電車の前方後方からの撮影で、合流分岐や廃線跡の名残などを記事にしたいものです。新鳥栖~鳥栖、肥前旭~鳥栖をそれぞれ往復しないと記事に出来ないので、いつになるかは分かりませんが、実施してみたと思います。

今こうして記事を書いている自宅の外は大雨雷雨。いつになったら梅雨明けるのかな~?


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貨物専用線跡を求めてお散歩 その2

2012年7月8日 晴れ
貨物専用線の廃線跡を巡る究極の時間つぶし。これはたまには良いですね~。

120708長崎貨物線後巡り (116)のコピー
先ほどの踏切跡から鳥栖側を眺めると~あったあった、長崎本線をくぐるトンネル~

120708長崎貨物線後巡り (115)のコピー
向こう側が見えないからドキドキします

120708長崎貨物線後巡り (123)のコピー
その反対側に行ってやろうとまた歩き回りました。今度は下り線の橋梁跡をはっけーん!!橋台がしっかり残っています。後で調べるとこの暗渠の奥が上り貨物線のトンネルだそうだ。

120708長崎貨物線後巡り (126)のコピー
その上り貨物線のトンネルの反対側へ。今度は位置的に奥が見渡せます。そうか~君は独りぼっちで時を止めたままなんだね。

この立ち位置は、下りの貨物線と上りの貨物線の合流地点(と言っても線路が1本になるわけでは無く、併走が始まる地点かな?)で、このまま鳥栖駅の方を向いてカーブしながら線路があったとのこと。地図で見るとその名残が住宅の並びで分かります。その線路跡が住宅地になっているため、その先へは迂回路を使うことになります。その迂回路で意外な場所を発見しました。

120708長崎貨物線後巡り (129)のコピー
長崎本線の高架部下を歩いています。道をよく調べずに歩いているとこんな意外な場所に辿り着きました。頭上を白いかもめが走り去っていきました。

120708長崎貨物線後巡り (131)のコピー
この高架下の脇道は、どうやら旧長崎本線の地上線路跡地らしいのです。だから先ほどのトンネル付近から何もない土地が続いているわけですね。これもYahoo地図等で見ていると、名残がぼんやりと分かります。

帰宅後、この貨物専用線後についてググってみたところ私が写した、写していない写真がごまんと出てきました。


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貨物専用線跡を求めてお散歩 その1

2012年7月8日 晴れ 鳥栖市内を徒歩で移動
鳥栖駅を出て真っ直ぐ西へ向かい、国道34号線に出たらそのまま南下した。どこへ行こうとしているのか、ご存知の方はお分かりでしょう。

120708長崎貨物線後巡り (101)のコピー
国道34号線が長崎本線をくぐっている立体交差部です。さて何があるのか~近寄ってみると、あるある。

120708長崎貨物線後巡り (102)のコピー
この立体交差部は昔線路が4本あったようだ。今でこそ跨いでいた桁は撤去されているが、橋台の妙な空間が名残を感じさせてくれます。写真は上り線側。

120708長崎貨物線後巡り (106)のコピー
こちらは下り線側。同じように使われなくなった路線の桁が取り外されているのだ。これより西側で本線と合流していたのだろう。

120708長崎貨物線後巡り (107)のコピー
立体交差から東へ歩いて行くと、某神社の脇に写真のような交差部が。何だか知らない土地に迷い込んだみたいだ(初めて来る場所だけど)

120708長崎貨物線後巡り (111)のコピー
この小さな交差部に近寄ると、元貨物専用線は長崎本線より地平を走っていたことになるな~って分かる。本線は鳥栖側に上り勾配になっていて、この先は妙な側壁の高架部を走っている

120708長崎貨物線後巡り (112)のコピー
あれ?ってことは今立っている場所って、元踏切??足元を見渡すと踏切だった証拠が~。そして正面には、踏切の脇には必ず立っている照明電柱が~!!もう使われていないようだな

この付近は轟木町なので轟木踏切のようだ。踏切名の標示が照明柱にある。

120708長崎貨物線後巡り (113)のコピー
踏切だった証拠のひとつ。他にも線路の跡だとはっきりわかるような舗装が~

でもこの元踏切って上りも下りも兼用だったんだろう。貨物専用だったから、一日に何回も遮断しなかっただろうな。それはある意味レアな踏切だったろうに。遮断している時間が異様に長かったのかな?

120708長崎貨物線後巡り (114)のコピー
交差部を抜けたら、そこは貨物専用線の上り線跡(右)と長崎本線の高架部へ上る盛り土区間(左)がある。

120708長崎貨物線後巡り (119)のコピー
本線の盛り土勾配区間を爆走していく白いかもめ

120708長崎貨物線後巡り (120)のコピー
交差部を滑走していく。

次はこの貨物専用線が長崎本線から離れていく場所・交差する場所へ行ってみよう。


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廃線跡は資材置き場になるようです

2012年5月13日 曇り 旧三池鉄道七浦踏切付近から見える廃線跡
この日、宮浦操車場の車庫付近で20t電車の2・4号機などを撮っていると、以前記事にした草木ぼうぼうになっていた三池鉄道廃線跡が急に刈り取られた場所に重機が入っているのが見えたので近くへ行ってみた。すると日曜日なのに、塀などの解体をしているので、操縦者にこの廃線部分は何に利用するのか思い切って聞いてみた。

聞くところによると、この土地は隣の建設会社の所有地になっているとのことで、資材置き場のために切り開いて平らにしている最中だと。でも軌道を剥がすのは大変な作業なので、そのまま埋めるつもりだと。賢明かもしれません。でも分岐器やポイントは危ないので何とか撤去したと。確かによく見ると分岐器やダルマ式転轍機がなくなっていました。

120513廃線のコピー
本日撮影の様子。

120414三池廃線 (35)のコピー
2012年4月14日撮影 撤去したというポイント → 確かに今日はなかった(諸事情により撮影不可)

120414三池廃線 (39)のコピー
2012年4月14日撮影 切り開かれた直後の様子。資材置き場予定の範囲は奥の木の架線柱までだそうだ

近い将来資材で埋め尽くされたら、ここにレールがあったという事実は半永久的に失われるでしょうし、新たに覚えることも出来なくなるでしょう。寂しいものですが私有地なので仕方がありません。

つくづく歯がゆく思うのは、某候補にある鉄道敷きの保存に積極的でないところでしょうか。


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三池鉄道廃線レール 2本目 詳しく見て来た

2012年4月14日 曇り 三井化学専用鉄道の線路終端奥の廃線跡を撮影
先週発見した、三池鉄道時代の線路の2本目が蘇った(草木が刈り取られ遺構が見えている)件を道路を渡って詳しく見てきました。

120414三池廃線 (35)のコピー
現れたは廃線は旧勝立線のもので、奥で分岐している。左側に行くと市が保管している炭鉱電車のテントハウス(年1回だけしか公開しない)に続き、さらに奥には朽ち果てた抽出プラントがある。昔はここに多くの化学薬品タンクが来ていたのだと。

分岐器は左に開き、更に奥の分岐器は右に進める。これは最後の最後に走ったものが、保管用の炭鉱電車達なのだ。遠く三池港から20t電車(バッテリー駆動)で牽いて来た(牽引が閉山後暫くしてからなので廃線でかつ架線に電気が来ていない無い状態だった)そうだ。たいへんな労力だっただろう。あんなに重たい電車を4両もバッテリー駆動で牽引してくるとは!一旦、宮浦操車場の中枢まで運び、そこから現在の海コンホーム横の線路を推進して来たのでしょう。本当の最後は牽引・推進の20t電車でしょうが。

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もう二度と走ることが無い痛んだレール。閉山後すでに15年が経ってしまった。そして当時の姿を久しぶりに現した。この付近の写真は、今でもリンク先の「炭鉄」(管理人:うしやん氏)で見ることが出来ます。

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右側は三池港へ繋がっていた本線。40年昔には本線は複線だったらしく、ここに3本目のレールがあったスペースはある。

120414三池廃線 (41)のコピー
奥に工場内に侵入されないようにするための門扉が見える。もう開けることも出来ない頑丈な門扉がいつまでもその役割をつとめている。

一体何故ここまで草木を刈り取ってきれいにしているのか不明である。そしてレールは当時のまま残されている。淡い期待はあるのだが、とても車輌を走らせられる強度は軌道下には残っていない。このままどうなるかを時々静観するしか内容だ。また変化があればお知らせします。


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三池鉄道廃線レールが姿を現した 2本目

2012年4月11日 雨 旧七浦踏切付近(今の三井化学専用鉄道終端より先)
今日は私用で半休申請した。

朝から雨だったが宮浦操車場へ行き、第一便の16両編成貨物をある調査のため終端付近から撮った
120411終端16両時 (15)のコピー
豪華な16両編成が連結完了した。ある調査とはまた別の機会に記事にします。

撮影中に偶然後ろを向くと、
120411三池鉄道廃線 (13)のコピー
120411三池鉄道廃線 (14)のコピー
化学工場敷地内に現存する三池鉄道時代の線路の2本目(左)が姿を現した。これはスクープである。

でも一体誰が何の目的できれいに伐採・除草しているか不明である。更地にするなら軌道は残さないのだが。ひょっとしたら世界遺産の一環で、専用鉄道軌道跡を残すために企業側も貢献している証を市にアピールしようとしているのかな?

今日は詳しく撮っていないのでまた後日再調査します。


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石炭館の収蔵品展に行って来た

2012年3月24日 晴れ 大牟田市の石炭産業科学館

120324石炭化学収蔵品展 (95)のコピー
この街には市立の石炭産業科学館がある。イオンモール大牟田よりも海側に建っている。毎年何らかの催し物で訪れるところでもある。隣にあった廃墟はなくなり荒野の中にぽつんと建っているのように見える。今回は5月13日まで公開されている、石炭館の収蔵品展「鉄道が結んだ三池のコンビナート」(入場無料)に行って来た。

120324石炭化学収蔵品展 (74)のコピー
120324石炭化学収蔵品展 (80)のコピー
今回の目玉は何と言っても大牟田・荒尾を席巻した三井三池の炭鉱専用鉄道の歴史・遺産を貴重な資料や写真を通して見ることができるところだ。これは願ってもないまたとないチャンスであった。私はどちらかと言えば鉄道派である。なので今回の収蔵品展では路線図や古い上空写真などに目を輝かせたものであった。なので今回も少々偏った報告とさせて頂きます(笑)。

120324石炭化学収蔵品展 (59)のコピー
まずは路線図から。この中でも特筆すべきなのは!

120324石炭化学収蔵品展 (71)のコピー
三池浜駅から北側へ延びる謎の路線。そうこれが私が三池鉄道に興味を持ったきっかけとなった「銀水線」なのである。自宅から近い場所にありサイクリングした時に偶然発見したのだった。その頃はまだ三井化学専用鉄道すら知らなかった。ブログを始める10ヶ月前かな?今でもその遺構は残っている。昭和40年までには貨物輸送が終わったと聞いている。

120324石炭化学収蔵品展 (70)のコピー
もう一つは、国鉄(今のJR)鹿児島本線との交差部に注目!!
三池鉄道の原万田駅から国鉄荒尾駅へ繋がる連絡線が記載されている!四ツ山駅から西原駅を経て荒尾駅まで連絡線路が繋がっていた事は有名で今でもその痕跡は探せるのだが、原万田からの連絡線は学校敷地に吸収されて、正門に通じる道路がその名残とも言われている。

続いては各線各駅コード表
本線以外の支線や盲腸線の隅々まで網羅されている極めて希な事業者専用の路線図だ。

120324石炭化学収蔵品展 (60)のコピー
図の中央下が今の宮浦操車場。そこから左~中央に斜め上側に伸びているのが、今のM化学工場内路線。現在はかなり線路が整理されているが、工場内部には今でも貨物ホームが残っている。これらが現在どうなっているかの参考には多少なる。

120324石炭化学収蔵品展 (61)のコピー
右下隅が今は無き三池浜駅。そこから来たに伸びているのが先ほど書いた「銀水線」。他の枝のような路線は現在の電気化学の工場内を張り巡っていたのだ。痕跡は多少あるように思えるが、あまりよそ様の工場内をじろじろ見ない方が良い(撮影も駄目だよ!)。

120324石炭化学収蔵品展 (62)のコピー
左下隅は四ツ山駅。ここから広大な三池港の操車場に多くの線路が伸びまくっている。まったく当時の様子を知らない(この目で見たことが無い)私には想像するしか無いのだが、ものすごく広い場所だっただろうね。

最後に昭和30年の大牟田市・荒尾の上空写真を余すところなく隅々まで見た(笑)
120324石炭化学収蔵品展 (87)のコピー
先ほどの銀水線、原万田~荒尾の連絡線路、その他数多くの路線などを頭の中で照合してみた。結構面白いぞこれ!!ぜひデータで欲しいものである。

かなりマニアチックな収蔵品展といえる。興味のある方はぜひご覧あれ。なお他にもタブレットや帽子、テールライト、規則の本など貴重な品の数々があったが、これらは私のリンク先の「炭鉱電車が走った頃」の収蔵品展記事をご覧下さい。ネタはダブっておりませぬ。


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保存場所~宮原坑~三池港~宮浦操車場をサイクリング

2011年11月3日 徐々に晴れてきた

111103保存炭鉱電車 (172)のコピー
炭鉱電車の保存場所を後にして~

111103宮原坑 (218)のコピー
宮原坑へやってきた。途中三池本線の廃線跡がきれいになっているので宮原坑と一緒に撮影。今日は廃線跡ウォーキングが開催されたそうだ。昨日宮浦の車庫で会った埼玉から来た乗り鉄の男性にここで会いました。彼は廃線跡ウォーキングに参加したとのこと。ちょっと雑談してお別れしましたが、後でまた某所で再会します。

111103宮原坑 (220)のコピー
宮原坑に掲示してあった「めざせ世界遺産登録」の看板。宮浦石炭記念公園にも小さいサイズが掲示されています。

宮原坑~三池港まで4キロほど自転車をかっ飛ばしました。ここでも三池港のイベントが~屋台もいっぱい出ていたので、各自昼食を三池港を眺めながら摂りました。

三池港サイダーのコピー
何か「三池港サイダー」なるものが販売されていたので、鉄道部会は3人とも1本ずつ購入。私は未だに飲んでおらず、パソコンの隣に飾っています(笑)。限定販売だったのか?不明です。

某所某テントに、昨日宮浦で出会った大牟田観光親善大使兼ミュージシャンの長友じょうせいさんに出会い、一緒に記念撮影~。炭鉱電車大好き仲間の一人です。お疲れ様でした。長友さんとも後で某所で再会します(笑)

13時過ぎ、再び私達鉄道部会は一路宮浦操車場を目指します。復路は某事情があってJR大牟田駅経由です。

この後はいよいよ待望の宮浦操車場での午後の撮影です。この記事を早く書きたかったんですよ~。


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炭鉱電車の保存場所周辺の眠ったレール達

ちょっとここでインターバル

前の記事で紹介しました、炭鉱電車保存場所。この周辺に今でも当時のまま残っているレール達を紹介。トロッコ程度なら十分走れそうに見えますが、自然に還りつつある痛んだ線路ばかりなので、車輌走行は危ないでしょう。

111008本線草刈 (11)のコピー
以前紹介した、誰が何のために草刈りしたか分からない旧三池本線の廃線跡だ

以下は11月3日撮影

111103保存炭鉱電車 (162)のコピー
保存場所付近から眺めたら~架線柱もしっかり残っています

111103保存炭鉱電車 (163)のコピー
ちょっとズームしたら、海コンホームが見えます。まあそういう場所なんですよここは。

111103保存炭鉱電車 (177)のコピー
保存された炭鉱電車の奥の方に伸びる線路は、タンク車などの抽出設備らしきヤードへ向かっています。ここは昔タンク車体がたくさん集っていたのでしょうね

111103保存炭鉱電車 (175)のコピー
別の線路は変な場所に続いています。たくさんのISOタンクコンテナがいます。おそらくトラック輸送をしているのでしょうね。線路は勝立線に続いていたとも言われていますが、これ以上奥には立ち入れないので分かりません。

保存場所一帯には当時のままでレールが眠っています。ここ一帯のレールを全部見たいですね。工場外側からでも光の角度によっては廃線レールが見えますが、私有地なので近づいたらだめです


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松橋駅から歩いてみた時に~

2011年10月9日 晴れ
この日、4099レを撮りに行くために松橋駅から徒歩30分の目的地まで歩いた。道順はあらかじめネット地図で調べておいて頭の中に叩き込んでおいた。スマートフォンなら地図なんか楽に検索出来るのでしょうね。

松橋駅から10分のところに川があります。以前からJRの車窓からでも気になっていましたが

松橋南廃鉄橋 (12)のコピー
廃線跡の鉄橋が見えます

松橋南廃鉄橋 (13)のコピー
なかなか渋いガーター橋ですね。しらさぎ?鶴?が2羽いましたのでパチリ。

松橋南廃鉄橋 (15)のコピー
撤去されずにずっと残っていますね
いろいろ調べてみましたが、鹿児島本線の旧線のようですね。松橋駅の南はややカーブしていますが、このガーター橋時代はほぼまっすぐな線形だったと思われます。松橋駅側に県道をくぐる小さなトンネルがあったような~。

そこから川沿いに進むと

松橋の川 (13)のコピー
鴨?がいっぱいいる~のどかな光景でした

松橋の川 (11)のコピー
なんかへんてこりんな排水口?取水口を発見。水面から結構離れた位置に口があります。

松橋の川 (12)のコピー
ちょっとカメラを引いてみると、左側にポンプ小屋らしき建物が~。川沿いは海抜0m地なのかな?

そんな何気ない風景を楽しみながら、あっという間の30分が過ぎて目的地に到着です。


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いきなり現れた旧三池鉄道本線軌道

2011年10月8日 晴れ 宮浦操車場の線路終端付近
宮浦操車場での撮影を終え、今度こそ帰宅するときわざわざM化学工場を南北に貫く県道を使ったのですが、その途中で仰天現場を発見しました。大回りしてもう一度この場所に戻ってきて、車を停めて撮影しました。

111008本線草刈 (10)のコピー
場所は海コンホームのもっと南で

111008本線草刈 (17)のコピー
現在の線路終端のフェンスの真向かいで

111008本線草刈 (11)のコピー
このように線路が現れました。線路と道路が交差する場所に存在した七浦踏切はきれいさっぱり解体されていますが、東側のフェンス奥には旧三池鉄道本線のレールと、もう1本(旧勝立線らしい)のレールが藪の中に残っていたのは以前から知っていました。

09-10-18本線跡巡り (10)コピー
2年前はこんな風にフェンス奥は凄い藪?自然に帰っていました。

111008本線草刈 (13)のコピー
旧三池本線のレールがまるで蘇ったかのように伸びています。廃止されてから14年目にして、初めての草刈りかもしれません。

111008本線草刈 (15)のコピー
この部分の草刈りはひょっとしたら、来月3日の近代化遺産公開の古典保存炭鉱電車公開に何か関わりがあるのかな?と期待しています。保存車両テントハウスまでの順路(出入り口)になるのかな?それとも何か走らせる?

大きな変化を偶然発見できてたいへん嬉しかったです。今後どうなるか時々見てみます。


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新八代駅の使われなくなった所を見てきました

2011年7月30日 晴れ 新八代駅で撮影
在来線の新八代駅ホームから今は使われなくなったアプローチ線を眺めます

110730幹新八代 (13) のコピー
すでに架線は完全に撤去されています。いつ消えても不思議でない築堤です。

110730幹新八代 (14) のコピー

110730幹新八代 (10) のコピー
新幹線設備としての門扉の手前に車止めがあったのが下りの電車から見えました。
門扉横の高低75とは速度制限標識?でも大き過ぎる数値で謎です。こんなのあったっけ?

続いて新幹線下りホームへ向かいます。乗車する新幹線まで時間がないので要所だけ撮影しました

110730幹新八代 (16) のコピー
かつてのリレーつばめ乗り換えホーム。ひっそりとした11番線ホームです。まだ在来線のレール間隔でした。改軌するのでしょうか?最奥の留置線では何かしら重機が入っていましたが。

110730幹新八代 (17) のコピー
今にもリレーつばめがアプローチ線を上ってホームへ入線・到着してきそうな感じですが、寂れています。

110730幹新八代 (15) のコピー
かつて特急リレーつばめが乗り入れていた証を見つけました。足下の乗車位置でしょうか。痛々しい剥がし方です。跡がくっきり残っています。

ここを訪れてリレーつばめ時代を懐かしむ撮り鉄さんはもういないでしょう。私も次いつ訪れるか予定がありません。

帰りは新八代から熊本乗り換えで新大牟田まで新幹線を利用しました。これで九州新幹線の全区間を一度は利用したことになりました。パチパチ(笑)


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三池港で怪しい廃線跡を探して

2011年7月10日 晴れ 三池港周辺で撮影
三池鉄道の三池港付近にあった数々の膨大な線路の内、1本だけ変なところに通じる線路があった。当時と現在の地図を照らし合わせながら前調査し、今日酷暑の中探検に行った。前情報によると遺構が残っているとのことで、ちょっと期待していた。1990年代前半に廃線になったようだ。

110710岸壁北線跡 (20) のコピー
スパン3mほどの小さな鉄橋を発見

110710岸壁北線跡 (21) のコピー
木枕木が腐らずに残っていたのには驚きだ

110710岸壁北線跡 (29) のコピー
架線柱が残っていた

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ここにもある。分岐していたのだろうか?幅が広い

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終点付近まで来た。ここにも残っている。残っているところは道路に沿っていないから邪魔にならないから残っているのか?

110710岸壁北線跡 (42) のコピー
終点付近に謎のレールが残っていた。それも何故か片方だけ。これは一体?!

電力会社の石炭貯積場が周囲にあったようだ。現在は海上輸送コンテナ基地になっている。架線柱がなければ、その痕跡を辿ることなど不可能であろう。廃線跡・遺構達は私に見つけられたのでビックリしただろうか。

今日はこんな事をして一日を終えたので、生きている方の撮影は出来なかった。


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高架下に引っ越した上熊本駅 その3~旧線路を眺めて

2011年5月28日 雨 鹿児島本線上熊本駅で撮影
今回は使われなくなったホームや線路を中心にお伝えします。

110528上熊本 (162) のコピー
雨が強くなってきました。旧ホームの屋根はいつまで雨を凌げるのだろうか。まず濡れなかった部分が雨に曝される日も近い。

110528上熊本 (145) のコピー
先週まであった自販機や標識など設備のは撤去・移設済みで、残ったものは旧ホームとともに消えゆくのだろうか

110528上熊本 (160) のコピー
屋根の樋から流れる雨水が使われなくなった線路へ流れています

110528上熊本 (137) のコピー
下り線ホーム渡り廊下から見た旧線路。レールが切断されPC枕木が投げ出されていました。渡り廊下を作るスペース分は無理矢理にでも撤去したのでしょう。

110528上熊本 (178) のコピー
池亀踏切方向を撮影。旧踏切は線路側が遮断され、遮断器が下りたときは旧線路上で停車できます

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製粉踏切(南側・熊本駅方向)を撮影。今にも下り電車がやって来そうな雰囲気です。廃線ってこんなものなのかな?

下は下り旧線路を跨ぐように作られた渡り廊下です。屋根がないので雨の日は足下注意です。

110528上熊本 (123) のコピー
110528上熊本 (139) のコピー
110528上熊本 (146) のコピー

110528上熊本 (138) のコピー
渡り廊下から見た熊本側。左が旧ホームと旧下り線で、右が高架下の新ホームだ。

旧線路と旧ホームが完全に撤去されたら、在来線の高架化工事が始まるのだろう。都会のように上り線だけ暫定開業してなんてしないで、一度に開業させるのだろう。高架が完成したら上熊本駅は一般の高架駅のようになり周辺道路や駅前ロータリーが整備され、高架下には有料駐車場や自転車置き場が出来るかもしれません。熊本電鉄や市電の停留所の様子も変わるかもしれませんね。


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三池鉄道敷きを歩いてみた その4~JR線上

2010年12月11日 午後 天気悪いなあ
あまり廃線跡の記事を続けていると本業が疎かになるので、きりの良いところでしめてみます。今回は、JR線上まで紹介します。これ以上は歩けませんので終点です。

原万田駅跡付近 (24) のコピー
原万田駅からさらに西に進みます。まだまだ枕木が眠っている軌道跡が続きます。

JR線上 (11) のコピー
ここはJR鹿児島本線の上の鉄橋です。鉄橋自体はとても頑丈で、十分歩けますし痛みも見られません。

10-6-13荒尾駅 (20) のコピー
荒尾駅北の万田踏切から撮影した、旧三池本線のJR跨線橋。(2010年6月13日撮影)

大牟田荒尾線126線上 (10) のコピー
さらに西へ行くと、県道126号大牟田荒尾線を跨ぐ鉄橋に辿り着きます。この鉄橋は先程のJRを跨ぐ鉄橋と作りが違うのか、錆が進行していました。でも丈夫そうです。

大牟田荒尾線126線上 (13) のコピー
その跨道鉄橋の先には雑草や木々が多い茂っていて、とても進むことが出来そうにないので、ここが鉄道敷きを歩く終点となりました。この先がどうなっているかは、先日のウォーキングイベントで見ているので分かっていますが、西原駅までは雑草で覆われていました。さて引き返します。

跨線橋からはJR鹿児島本線が見渡せるので、記念に特急有明を上下撮ってみました。

鉄道敷きから望む有明 (15) のコピー
特急有明の上りです。加速して大牟田へ急ぎます。

鉄道敷きから望む有明 (19) のコピー
特急有明の下りです。荒尾駅に停車するため減速しているので撮りやすかったです。
そう言えば、JR九州の来春ダイヤが発表されましたね。いろいろと衝撃の改正がありますが、若干有明が残って良かったですね。残っても朝晩ですから、こうして日中に走る姿を見ることはなくなるのでしょうね。ある意味この撮影も結構貴重なものの1枚になったわけです。無理して来て良かったです。

この後そそくさと鉄道敷きを下りてJR鹿児島本線に沿って帰宅しました。

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今回は玉名支線巡りを優先したこと等様々な制約もあり、玉名支線分岐地点から万田駅の鉄道敷き探訪が出来なかったので、近いうちにまた訪ねてみようと思っています。その時はまた「三池鉄道敷きを歩いてみた」の続編として記事にしてみますので、乞うご期待を。


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三池鉄道敷きを歩いてみた その3~原万田

2010年12月11日 午後 天気悪い
玉名支線の大平駅付近の不思議な世界にお別れした後、一路本線に向けて自転車をこぎ始めた。向かう場所は本線から玉名支線が分岐していた原万田駅付近だ。以前のTantotantoウォークで、炭鉱電車が走った頃のed731003氏が「この先登ったら面白い」と言っていたので、今日1人の私は思いきって登ってみました。登ると言っても、緩やかな砂利坂道を上がるだけですが。

玉名支線分岐付近 (16) のコピー
本線上に登ると、3線分のスペースがあります。ここに玉名支線分岐器があったのでしょう。

玉名支線分岐付近 (15) のコピー
これは玉名支線の本線侵入防止線(過走線)の車止めではないでしょうか?作りからしてそんな風に見えます。

国道上付近 のコピー
両側に錆びた高欄がある場所の下は、国道208号線です。いつも国道を通るたびに、この上はどうなっているのか気になっていましたが、至って普通の軌道でした。

原万田駅跡付近 (18) のコピー
国道を跨いで、最初に私の目に飛び込んできたものが、原万田駅のホームです

原万田駅跡付近 (20) のコピー
手前のスロープからホームの上に登りました。まだ白線が残っています!

原万田駅跡付近 (23) のコピー
最初は2面2線のホームと思っていましたが

原万田駅跡付近 (32) のコピー
三池港方面のホームの南側には、もう1線分の空間があります。

原万田駅跡付近 (27) のコピー
信号機の跡と思われます。さらに中学校の敷地との間に、先程疑問の持った1線分の空間があります。「炭鉄」のうしやんさんのHPによると、昔第二次大戦中に荒尾駅からの短絡線があったと言われているがはっきりしないらしい。その短絡線はこの先、中学校の敷地内を通っていたことになるそうだ。

原万田駅跡付近 (31) のコピー
木が多い茂っている中、PC枕木だけはいつまでも時が経つのを待っています。

原万田駅跡付近 (25) のコピー
木々の場所を抜けたところです。写真は万田坑方向を見て撮影しました。ここを振り返るとJR線と交差する鉄橋があります。

次回の記事で今回の廃線探訪を終えます。


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プロフィール

UTXC

Author:UTXC
こんにちは~(^▽^)/
全国の皆様へ~三井化学専用鉄道と大牟田付近で見られる貨物列車等の状況をお伝えします。魅力あふれる元気な炭鉱電車も紹介します。
2009年3月~2016年7月までタンク車に代わるタンクコンテナ(銀・黄タンコ)や海コンらを撮りまくりました。管理人は現在大牟田に住んでいませんが、遠くから我が大牟田の鉄道を見守っています。
ここ宮浦操車場は1日中見ていても飽きません!また撮りに行きたいです。
今後の更新は不定期です。

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