今年も開催~夏の鉄道展2022
今回はお知らせがあります
毎年恒例の夏の鉄道展が開催されます。
今回はそのチラシの紹介です。
開催場所は、大牟田市の石炭産業科学館 1F 企画展示室
「夏の鉄道展」に限っては
入場無料開催期間は、2022年7月23日~8月28日
(※8月15日を除く毎週月曜日は休館)
開催時間は、9時半~5時
イベント内容詳細は、チラシをご覧下さい。
下の写真はクリックすると大きく表示されます


機会がありましたら是非いらして下さい
なお、大牟田石炭産業科学館への直接のアクセスはありません。
車か西鉄大牟田駅や大牟田観光会館のレンタサイクルを利用するか、
近所のイオンモール大牟田まで運転されている西鉄バスで終点下車後、徒歩5分になります。
(徒歩5分はきついかも・・・イオンモールの駐車場など敷地が広すぎる)
主に炭鉱電車保存会メンバーなどが撮影した新旧の写真も掲示しています。
主な展示物
・三井化学専用鉄道 旭町線で撮影した写真
・炭鉱電車の資料など
・絵はがきに見る、炭都(たんと)・三池の鉄道
・長崎本線の過去と現在の写真や資料
・肥薩線を行くSL人吉の写真(災害前の時代)
今年は梅雨明けも早く(梅雨はまだ来ていないのでは?)高温な夏日が続くで、無理をせずに熱中症対策をしっかり行って頂いての来場お待ちしています。
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大牟田専用貨物~11両編成 その⑦
今回は大牟田専用貨物の11両編成~その⑦を書きます。
11両編成は、コキ200積載問題の期間中は、海×4+空×4+銀×3でしか成立せず、コキ200積載問題の解決後は撮った事がありません。どんなに探しても見つかりませんでした。まあ、コキ200だけで11両になるには、銀5+黄2+海4とかのパターンが必要ですが、コキ200積載問題解決後は、なかなか銀6+黄2の組み合わせにはならなかったですし、海コンの両数が不安定でした。

2012年7月1日 瀬高~南瀬高 1151レ
なんか土砂降りの中で傘さして撮影しているような。もう半ばやけくそで撮影していますね。銀釜だったからか?

年次の長期ウヤ明け後は、すぐには海コンが連結されないため、しばらくは銀タンコとたまに連結がある黄タンコの編成が合わさって、なんとか11両になる。

空空黄+空空空空銀銀銀銀(コキ106空2両+コキ200黄タンコ積載1両+コキ104空4両+コキ200銀タンコ積載4両)

2013年2月11日 銀水~大牟田 1151レ
このあと2週間ほどでコキ200積載問題解消な頃、最後に見た11両編成は海コン無しだった

空空黄+空空空空銀銀銀銀(コキ106空2両+コキ200黄タンコ積載1両+コキ104空4両+コキ200銀タンコ積載4両)
この頃はいつコキ200積載問題解消するのか首を長くして待っていたものです。コキ104・106を使わなくなったら、積載率100%に戻りますからね(実際は海コンの空コキが生じてはいたが)。

2013年9月14日 瀬高~南瀬高 1151レ
コキ200積載問題の解消後に最初で最後に見た11両編成
冒頭に書いた様な、海4+銀5+黄2のパターンであった。
海コンが全部で6個積載のため、もしオールコキ200だったら、11両編成にはならなかった。
コキ200が足りなかったのか、そのあたりの事情はよく分かりません。
◆次回からは、待望の大牟田専用貨物の12両編成のシリーズを書きます。
宮浦操車場などリアルタイム報告の件もありますから、連続しては書かないでしょう。
また別の新シリーズや、長らく保留になっていたシリーズなども復活させないとね。
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大牟田専用貨物~11両編成 その⑥
今回は大牟田専用貨物の11両編成~その⑥を書きます。
久しぶりにこのシリーズを書きます。2ヶ月ぶりですね。
宮浦操車場のことで最近いっぱいいっぱいでしたからね。
このシリーズは写真セレクトや編集は終わっているので、最後までやりたいです。

2012年1月7日 大牟田~銀水 1152レ

空空銀銀空空空海海海海の編成です(コキ104の空2+コキ104の銀タンコ積載2両+コキ200空3両+海コン4両)
相変わらず虚しい編成です。こんなつまらない長編成はどうしても好きになれません。

2012年1月28日 銀水~大牟田 1151レ

海海海海空空空空銀銀銀の編成です(海コン4両+コキ104空4両+コキ200銀タンコ積載3両)

2012年2月18日 銀水~大牟田 1151レ

これも、海海海海空空空空銀銀銀の編成です(海コン4両+コキ104空4両+コキ200銀タンコ積載3両)
なかなか別の連結パターンがありません。
もし11両編成で海コン+黄タンコが来たら
海海海海空空黄空空空空・・・・なんてはなりません。海海海海空空黄で終わります。
ぜったいに海海海海空空黄空空黄にはなりません。
次回は大牟田専用貨物の11両編成~その⑦を書きます。
11両編成のパターンは、コキ200積載問題期間でしか成立しづらい編成なのか、実は次回で終わりです。
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宮浦操車場の今(2022-6-12)
2022年6月12日に宮浦操車場の解体状況を見に行った鉄道ファンのお友達から、
撮影写真のブログ転載許可を頂きましたので、ここに公開します。

東泉町2号踏切から宮浦操車場の正門を見渡す
もう二度と開くことの無い扉と言われていましたが、最近線路撤去工事の際に全開しました。
◆架線がすべて取り外されました。まるで最初から非電化区間だったかのような。

先日の投稿記事で説明した様に、工場へ続いていた線路が撤去されました。
2022年6月15日現在で、宮浦駅事務所までレール撤去が完了しています。
そのほかのレールはまだ大半残っています。
◆ここにはかつて手動転てつ機がありました。

撤去したレールが山積みです。これらは再利用するのか廃棄するのか?

ぶつ切られたレールを見ていると辛くなってきます。もう二度と走れないと思うとさらに辛いです。
◆敷設するのはとても大変ですが、撤去するのは簡単です。

宮浦駅事務所は、もう解体を待つだけの建物と化しました。
繋がっていた電線や屋根を貫通していた架線柱はもうありません。

もはや廃墟同然な建物です。引越は完全に終わっているでしょう。

さて写真左側に見える白いシートで覆われた場所ですが・・・
(以下は私の撮影写真)

2021年12月11日 この頃は何も留置のなかった行き止まり線路に白い目隠し?シートで囲まれています

2022年4月24日 最後は検重車や保線用レール運搬車が留置され、解体の時を待ちます
2022年6月15日の一報では

白いシートの中では、人知れず「部品取りの廃車体」である、車庫外に置いてあった22トン電車2号機・4号機が解体されたとのこと。また、一番手前の20号機は明日以降には解体されるとのこと。もう検重車やレール運搬車は残っていないでしょう。
今回、写真の使用許可を頂きまして誠にありがとうございます。
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宮浦操車場の線路撤去状況説明
2022年6月10日の宮浦操車場の線路撤去の状況写真は手に入らないので、イメージで説明

写真は2020年2月29日撮影のもの
黄色い線より左側で柵寄りを除く線路のレールだけが宮浦駅事務所まで撤去されているというのだ

さらに東泉町2号踏切の踏切道路脇にあった側溝は砂利等で埋められ、踏切から線路跡にかけて重機(バックホウなど)が軽々と入れるようになっています。黄色い電気転てつ機は撤去され、ひょっとしたら手前の側溝も一時的に埋められたのかな?それだと東泉町2号踏切はぶっ壊されたも同然かな?そこを撮った写真は見せてもらっていません。

目的は宮浦駅事務所の解体のために重機やダンプを進入させるためでしょうか。
重機ならキャタピラ駆動なので問題ありませんが、ダンプと言えども土砂では立ち往生する可能性大なので、何かしら沈まない対策(例えば敷き鉄板を複数枚並べるとか)をするのかな?と個人的見解があります。

東泉町2号踏切から宮浦駅事務所までは150mほど

なんでわざわざ東泉町2号踏切から重機を出入りさせるのか?この門を利用した方が、早そうなのだが。なにかこの門だと不都合があるのかもしれませんね。土壌が悪いのかもしれません。立ち往生する可能性が高いとか?それともこちら側の線路を撤去しない理由があるのか(1枚目の写真で黄色い線の右側はまったく手つかず状態(踏切道部分以外は全く撤去されていない)。

市道に面した宮浦駅事務所。解体するときは、市道の一時通行止めか、飛散防止のシートが張られるのかもしれない。
これ以上は今後の大牟田からの情報を待つしか無いですね。
線路の一部撤去が宮浦駅事務所への撤去作業用の重機の通路説はあくまで個人的見解です。あしからずご了承ください。
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年次長期ウヤ明けが早かったあの頃
2011年6月12日 大雨 三井化学専用鉄道 宮浦操車場
毎年恒例の5月の連休後~6月半ばの三井化学専用鉄道(大牟田貨物)の長期ウヤ明けが妙に早かった年があった。
ウヤ明けが早いとそれだけ、ひまで退屈な時間が減らせます(個人的に)。まったく贅沢な悩みですね。

宮浦操車場に行くとすでに出発準備が始まっていたが

返却の便が黄タンコのコキ1両のためもう出発間近だったので焦った

空っぽのタンクコキ1両を45t電車がオーバースペック(笑)で軽々しく引いていくが、入換え灯が点けっぱなし

入換え灯は消えました。東泉町2号踏切で大雨の中、傘を差しながら懸命に通過状況を激写します。
運転士さん達は呆れていたでしょうね。ま、1人ぼっちでしたからね。

後ろ姿はなんだか寂しく切ない
そもそもなぜ宮浦操車場出発便の撮影しかしていないのかって?
それは、この年のウヤ明けは6月9日(木)で、平日はお仕事なので撮影出来ず。10日はウヤであった。11日は、大牟田貨物の下り1151レが単機だったため、1152レの便となる貨車はこの写真の黄タンココキのみ。ウヤ明けって、こんな風に運用がなかなか毎日定常化しないのです。一番酷かったのは2016年の6月半ば以降のウヤ明けで、7月20日になっても黄タンコしか来ない有様で、運転日が隔日なのかと思うほどであった。年によってさっさと毎日運転になったり、出だし好調・不調が様々だ。
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宮浦操車場~線路撤去開始
2022年6月8日 大牟田の鉄道仲間からショッキングな一報が入りました
宮浦操車場の線路が、東泉町2号踏切側から撤去が始まっている!とのこと
撤去模様も見せて貰いました。写真は貰えないのでブログには掲載できませんが、そんな辛い模様は大勢に見せたくないですからちょうどいい。
そうそう宮浦駅事務所の解体が今月末頃に延期になったそうな。その理由は定かではありませんが、推測なら次回にでも書きましょう。
東泉町2号踏切付近から眺めた、1年ごとの宮浦操車場の風景を振り返ってみましょう。

2009年11月8日 黄タキ最後のシーズンを激写

2010年6月26日 大雨の中、黙々と撮っていた頃

2011年4月23日 45tの運転が終わって22t電車が出て来る直前を待ち構える

2012年1月8日 日の出は遅く、霜もおりた寒い朝でも撮る

2013年8月4日 汗だくになっても必至に撮っていました

2014年3月21日 そろそろ桜の季節、宮浦は菜の花で賑わった

2015年5月3日 もうすぐ長期ウヤに入る。あと何日撮影出来るだろうかと考えたり。

2016年7月18日 ウヤ明け時の運用が例年以上に少なくて、なかなか貨車が増えずで寂しかった

2017年3月19日 久しぶりに来たけど、なんだか閑散としてきましたね

2018年12月23日 編成が短くなって撮影回数も減ってきた

2019年7月27日 廃止濃厚なニュースが発表されてはや数ヶ月。徐々に焦りが出てきた。

2020年3月20日 一枚一枚に緊張感が漂う

2021年7月30日 炭鉱電車ラストランイベントを前日に控えて

2022年4月24日 撤去作業開始前の宮浦操車場の最後の姿
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20号電車の塗装(2011年6月)
2011年6月3日は金曜日だったが、自宅に戻る前に宮浦操車場に寄り道

車庫横の部品取りと言われていた廃車体の45t電車20号機がきれいに塗装されていたので驚きました

2011年6月5日の日曜日に改めて撮りにいったら、その日は大雨で(汗
それでも雨に打たれる塗り立てホヤホヤの元炭鉱電車はきれいだった。雨に打たれるいいオンナみたいに。
あの頃は、このビックリニュースをすぐさまブログで発信、鉄道仲間に連絡したりして、その後その姿を見に来る人多かったなあ。
結局のところ、塗装した理由は分かりませんが、きっとみすぼらしかったから綺麗に見せたくなったと思います。
今も昔も変わらず、炭鉱電車への愛やリスペクトはあったのですね。
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宮浦操車場 架線柱・架線撤去の進行状況
2022年5月27日 宮浦操車場の駅舎付近など、相当数(距離)の架線と架線柱が撤去されたと大牟田から連絡有り。
写真を拝見しましたが、ブログへの転載許可がないので、次の写真で大体の想像をお願いします。

2009年10月4日 主の居ぬ間に撮影

2011年3月19日 宮浦駅舎と炭鉱電車・貨車たち
過日の写真より
この写真に写る、架線、架線柱が相当数消えました。架線柱は器用に引っこ抜いたようです。
特に奇妙なのが、宮浦駅舎の屋根を貫通?しているように見える架線柱が撤去されたことです。

2021年7月31日撮影
22t電車の右上に写っています

同日 その奇妙な架線柱を見上げたもの
(こんなのを撮影しているのはきっと私みたいな変わり者だけでしょう)
この架線柱は、駅舎の屋根を貫通していますが、駅舎は壊さずに器用に撤去しています。
なお架線柱はまだ多くが撤去完了していないので、これからあっという間に景色が変わると思われる。
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次は何が撤去解体されるのだろうか。また宮浦駅舎は来週から解体が始まるらしい。
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