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初公開!!三川坑跡に行って来ました~前編

2012年11月3日 晴れ 大牟田市内の三川坑跡で撮影
まさかこんな機会に恵まれるなんて!そう思っていた私は初公開の三川坑に入ることが出来た。戦後日本の高度経済成長を支えたものの、大きな闘争や悲惨な大事故があった光と影の歴史がある場所だ。

当日は元労働者や遺族、大牟田の街を象徴していた産業遺産を一目見ようと多くの市民が訪れたようだ。どのくらいの人達が訪れたのだろうか?

121103三川坑 (55)のコピー
入場は南側の正門からだった。門扉の開閉は圧縮空気で出来るようになっていたが、今回はこじ開けたのだろうか?

121103三川坑 (56)のコピー
一目見ようと多くの市民や市外の人達は午前中に押し寄せたようで、中は人でいっぱいだった。昼からは空いてきたようだった。

121103三川坑 (118)のコピー
炭塵爆発事故で家族を亡くした遺族のために献花台が設けられていた。献花台の方向には第二斜坑がある。

121103三川坑 (117)のコピー
水はないけれど立派な日本庭園が残っていた。昔を懐かしんだ訪問者らは庭園が残っていたことに驚いていた。当時は憩いの場だったのだろうか?

この日本庭園はその昔、昭和天皇が三川坑に御巡幸されたときに記念に造られたもの。

121103三川坑 (66)のコピー
繰込場
入坑前の鉱員が装備の準備、作業の確認を行う場所だそうだ

121103三川坑 (76)のコピー
浴場があった。職員用と鉱員用に別れているという

121103三川坑 (82)のコピー
コンプレッサー室の屋根が崩落していた。

コンプレッサー室で作られる圧縮空気は坑内での削岩機など機械の動力源になっていた

121103三川坑 (88)のコピー
第一斜坑用の巻き上げ機室は残っているものの、第一斜坑は埋められていて消滅しているそうだ

121103三川坑 (67)のコピー
ここが第二斜坑の小屋。中は後編で紹介します。

121103三川坑 (116)のコピー
右の青いシャッターのあるところが、鉱員の入昇坑口だった。現在は固く閉じられている。ここから鉱員が出入りしていたわけだ。後編で述べる人車はここから降りて乗っていたのだろう。

後編へ続く


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Author:UTXC
こんにちは~(^▽^)/
全国の皆様へ~三井化学専用鉄道と大牟田付近で見られる貨物列車等の状況をお伝えします。魅力あふれる元気な炭鉱電車も紹介します。
2009年3月~2016年7月までタンク車に代わるタンクコンテナ(銀・黄タンコ)や海コンらを撮りまくりました。管理人は現在大牟田に住んでいませんが、遠くから我が大牟田の鉄道を見守っています。
なお、大牟田に関わる鉄道は2020年5月をもちまして幕を閉じました。
今後の更新は不定期です。

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